創造性回復プログラム<br>EGAKUはどのようにして生まれたか

創造性回復プログラム
EGAKUはどのようにして生まれたか

長谷部貴美氏
株式会社ホワイトシップ
代表取締役
谷澤邦彦氏
株式会社ホワイトシップ

創造性回復プログラム、EGAKUはどのようにして生まれたか。

迫田:
先日、保育園のスタッフと一緒にEGAKUに参加しました。とても刺激的な体験でした。このユニークなワークショップについて、いろいろとお聞きしたいのですが、まずその前に、ホワイトシップという会社について教えていただけますか?

長谷部:
アーティストである谷澤と私の二人で始めた会社です。谷澤のアーティストとしての活動を社会に提供する3つの事業を行っています。

迫田:
そのひとつがEGAKUプログラムなんですね。「創造性回復プログラム」というコンセプトで、老若男女、さまざまな方々が参加されていると聞いています。研修に取り入れている企業もあるようで、中には社長さん自ら参加されている例も・・・。

長谷部:
はい、多いですよ。企業の課題に合わせた設計をしますので、大手企業の経営陣にも積極的に導入されています。ただ、もともとは谷澤が子ども向けに開発したものなんです。

迫田:
そうなんですか?

谷澤:
実は子どもの頃、絵を描くことが苦手で「どうして人は絵を描くのだろう」と疑問に思っていました。学校でもなぜ絵を描くのか教えてくれないですよね。そして中学生の頃のある原体験がきっかけで、「評価されたり、評価を求めることが絵を描く目的ではない」ということに気づいたんです。そして「自分で答えを創り出していいんだ」と思ったんですね。そこから絵を描くことに興味を持ちはじめました。その後、20代で美大でも教えることになるのですが、美大生でさえも「絵を描くのが怖い」という。それは衝撃でした。そこで自分の感じた描く意味を伝えたくて考えたのがEGAKUプログラムなんです。

迫田:
大人に加えて、子ども向けのワークショップも盛況のようですが、子どもたちは何を描いているのですか?

谷澤:
EGAKUプログラムは小学生以上が対象になりますが、小学生の場合は「自分の心」がテーマになることが多いです。大人と同じように指を使って、色紙にパステルで描いていきます。目に見えない心というものを色と形で表現するという体験は、子どもたちにとっても、とても新鮮なようです。

迫田:
とまどう子どもはいませんか?

長谷部:
低学年生はほとんどいません。ただ年齢を増すごとに「自分は下手だ」「絵を描くのが苦手だ」とすでに決めつけている子どもの数が増えていきます。ただEGAKUプログラムは谷澤の作品の鑑賞ワークから入りますので、そこでマインドセットが大きく変わっていきます。なので描くタイミングではすっかり集中しています。子どもの場合は2時間のプログラムなんですが、最後まで集中力が切れませんね。ただそのためには子どもをコントロールせずに集中できるファシリテーションが必要です。無理やり描かせようとしたり、褒めたりもしません。あくまでひとりのアーティストをサポートするスタンスで進行していきます。

迫田:
子どもたちの主体性を常に引き出しているのですね。

長谷部:
はい。私たちは子どもをコントロールすることは、描くという行為から一番遠いことだと思っているんです。完成した絵は額に入れて、自分でしっかり鑑賞し、タイトルもつけます。そして最後には全員の作品を並べて展示し、お互いが鑑賞するというのも大切なプロセスです。お互いがお友達の作品に感じたことを付箋に書いて貼っていきます。そこでは作品をしっかり見ること、感じることを体験します。一方で周りから自分の作品にコメントをもらう楽しさも体験します。子どもたちは自分の作品にコメントをもらうと、少し恥ずかしいけど嬉しいという気持ちを抱くようです。

描くことで、心のあり方を知り、「よい変化」を起こすことができる。

長谷部:
迫田さんは実際にEGAKUを体験して、どう思われましたか?

迫田:
ドキドキしました(笑)。保育園では毎日のように子どもが描く場面に立ち会っていますが、自分がやるとなると勝手が違いますね。「上手く描かなければ」と気負ってしまいました。

長谷部:
迫田さんには「大切にしていること」をテーマに描いていただいたんですよね。

迫田:
はい。その時の私には、いろいろと考えごとがあって、心が波のように揺れ動いていました。しかし、描いているうちに、だんだんとその波が小さくなっていったのです。描き終わるまでには、すっかり落ち着きました。そんな“平安な自分に出会えた”という体験がおもしろかったですね。ある意味、揺れ動いていなければ“平安な状態になる”というプロセスも体験できなかったので、「心が波立っていてよかったかもしれない」とも思えたりして(笑)。

長谷部:
そういった気づきや体験があるのもEGAKUの特徴かもしれません。

迫田:
それから・・、没頭することも大切ですね。最初はいろいろな雑念がありましたが、「えいやっ」と没頭したら、心の中の雲が消えて晴れ晴れとしていきました。茶々保育園グループでは、子どもたちの主体性を重視しています。この主体性というのが説明しにくいのですが、今回のような絵を描く場面では、“主体性”イコール“没頭”と言い換えるとよくわかりますね。没頭して描いている時、その子どもは主体的であると言えるのではないか、と。

谷澤:
そうですね。まさに主体性がなければ絵は描けませんし、創造性はそこから発揮されるものです。茶々の保育では、そんな没頭できる場を用意しているのですね。

迫田:
子どもが没頭するには経験が必要です。我を忘れて描くという経験が多い子どもほど、飽きることなく長い時間、没頭できます。そして、そういう子どもの描く絵は、やはり見ごたえがあります。私たちスタッフは「子どもと目と目を合わせ、微笑みかけて、言葉を交わす」という原則を合言葉に、子どもたちのイキイキとした表現力を引き出す描写の指導法“Myペインティング”を実践しています。子どもたちに寄り添って、目を合わせて「これ、何だろう?」「どう動くのかな?」「何かしゃべっているのかな?」といった話をする。すると子どもたちは、保育士ではなく、対象物と気持ちのやりとりをしているように感じて興味を持ち、絵を描きはじめます。それがうまくいくと、子どもたちは自然と没頭しますね。

人と人をつないだり、成長を支えたり。アートの力は、どこまでも広がる。

迫田:
自分自身の体験からも、絵を描くことに特別な力があることがわかりましたが、EGAKUでの鑑賞のお話を聞くと、それ以外にもさまざまな作用があるようですね。

長谷部:
自分の絵に他の参加者から鑑賞のコメントをもらうのですが、みんなとても勇気づけられたりするようです。褒めるのではなく、きちんと見て、感じたことを言ってもらうことはとても大切です。

迫田:
それも絵が持つ力なんですね。茶々の保育園でも、最近、それまで園内に掲示していた絵を外向けにフェンスに展示するようにしました。近所の方々が足を止めて、観てくださるようになって「この通りを歩くのが楽しみになりました」と声をかけていただきました。ちょうどその時に園庭で遊んでいた子どもが「これ、ボクが描いたの」と誇らしく説明するシーンもあったりして・・。子どもたちの絵が地域とのコミュニケーションの手段になるのは何ともうれしいことだと思っています。

長谷部:
それは素敵なことですね。EGAKUを導入いただいている企業でも、ギャラリーのように、オフィスに自分たちが描いた絵を飾っているところも増えています。その時の想いを振り返ったり、お互いの想いを再確認したりすることもできますし、職場が明るくなったとも言っていただきます。

迫田:
日常の中に、ごく普通にアートがある状態は理想ですよね。茶々の保育園では、食事のテーブルのまん中に花を飾っています。すると子どもが「家でもやろうよ」と言って、実際、花を飾る家庭が増えたようです。

長谷部:
それはとても大切ですね。EGAKUプログラムを体験した大人が、「そう言えば、小さい時によく父や母に美術館に連れていってもらった」などと思い出す方も多いんです。大人になるにつれて忘れてしまっても、幼少期のアート体験は奥底にしっかり残っているのだと感じます。

迫田:
だからこそ、子どものときの原体験は重要です。私たちはそれを「源体験」と表現し、保育や教育のキーワードにしています。つまり、幼少期に心を動かしたり、考えたり、人と関わったり、何かを達成したワクワク・ドキドキ経験は、その後の少年少女期や青年期、さらに大人になっても、生活に彩りを添えたり、人間関係を築いたり、さまざまな問題を解決するパワーの源(みなもと)になります。アートとの出会いやふれあいも、そのために欠かせない一要素。だから、大切に取り組んでいきたいと思っています。

描かせるのではなく“自ら描く”へ。主体性をどのように引き出すか。

迫田:
<源体験>を重視するもうひとつの目的が、目下、保育・教育界で取り入れだしたアクティブ・ラーニングへの橋渡しです。アクティブ・ラーニングは、これまでの先生から生徒への一方的で受け身・詰め込み型による“決まった解答が求められる学び”ではなく、能動性や創造性に富んだ“さまざまな現実の問題を具体的に解決するための学び”です。

長谷部:
複雑に変化するこれからの時代には、自分自身で感じ、考え、行動できる力が求められる、ということですね。今、企業でもそのような人材が求められています。

迫田:
そのためには、小学校に入学する前から主体性を養っておく必要があると考えています。

長谷部:
はい、とても必要なことだと思います。

迫田:
茶々保育園グループと交流があるデンマークの保育園に視察に行った時に、このような風景を見ました。おやつの時間にアイスクリームを食べるのですが、まず子どもに「どのくらい欲しい?」と聞いて、その量をあげます。大事なのは、食べた後で「どうだった、あの量?」と聞きます。「食べ過ぎて、お腹が苦しくなった」と言う子どもには「じゃ、今度は少し減らそうか?」と聞いてそのとおりにする。自分で決めて、見直しをする。日常生活のあらゆる場面でそれが行われているのです。主体性を育むというのは、こういうことかと感銘を受けました。

長谷部:
そのためには、一人ひとりとじっくり向き合うことが大切ですよね。高校生向けにEGAKUプログラムを実施した時に、登校拒否をしている女の子が参加したことがありました。まわりの子どもたちがすぐに描き始める中、彼女はなかなか手を動かさない。じっくり待っていたら20分経ったところで、わっと描き出しました。EGAKUのファシリテーションでは“待つ”ことはとても重要な要素として考えています。それぞれペースというのがありますし、その人の中で起こっていることを尊重することなんです。その後、彼女は自分らしく表現できた経験が大きかったのか、自らの意志で転校もし、地域のボランティアにも参加し、自分を発揮できる場所を見つけたようです。極端な例ですが、私たちとしても表現することの大切さを改めて実感した体験でした。

迫田:
指導する側には、そのような言葉や表情から思いを感じとる想像力や、気持ちを通わせ、感性の芽生えを促す技術が必要ですね。

長谷部:
とても必要だと思います。現在EGAKUプログラムを受講しながら、その技術を学びたいと東北から通われている方もいらっしゃいます。学童保育園にお勤めで、子どもたちの震災復興にアートを生かしたいというビジョンをお持ちです。私たちのプログラムを体験して、子どもたちをコントロールせずに主体性を引き出すスキルに驚いたそうです。

日本に必要な創造性をはぐくむためには、“大人の学び直し”が必要だ。

迫田:
やはり、主体性を引き出すには、ファシリテーションのスキルが重要ですね。保育士にも、子どもの心理や行動に関する知識だけでなく、そのような技能が必要になってくるのでしょうね。

長谷部:
先日、文部科学大臣の補佐官をされている鈴木寛さん(東京大学・慶應義塾大学教授)とお話をする機会がありました。アクティブ・ラーニングの重要性を提唱されてきた鈴木さんがおっしゃっていたのは「これからの日本には“大人の学び直し”が必要だ」ということ。たとえば、これまで企業では上司は部下に「がんばれ」「根性でやれ」と言ってきました。高度経済成長期はそれでよかったかもしれませんが、これからの時代は新たな価値を生み出すために、社員ひとりひとりの主体性が鍵になっています。そのためには、まず上に立つリーダーがこれまでの成功体験を少し脇に置いて“学び直し”をし、主体性を引き出すマネジメント力を高める必要があると思います。

迫田:
ひょっとして、EGAKUを大人に展開するようになったのは・・・。

谷澤:
きっかけはそんな危機感を持っているビジネスパーソンの方々から「おとなにもEGAKUプログラムを実施してほしい」という声を受けたのがはじまりです。僕の中でもアートの持つ力は子どもにだけでなく、全ての人にとって何かしらの意味があるという仮説がありました。結果的に今では、先進的なビジネスパーソンや問題意識の高い経営者の方々が率先してEGAKUを取り入れてくれています。

迫田:
なるほど。子どもの創造性を引き出すにも、これまで大学や短大で学んだことだけでは足りないかもしれませんね。私たちは常日頃から、保育士たちに、「子どもたちとともに、大人も成長しなければなりません」と言っています。それが“大人の学び直し”というキーワードでハッキリしたように思えます。今後も、いろいろなヒントをいただければうれしいです。今日はありがとうございました。

長谷部貴美
長谷部貴美
株式会社ホワイトシップ 代表取締役/アートプロデューサー

2001年ホワイトシップ設立。 アートが社会に貢献するためには、アーティストとオーディエンスの双方のインキュベーションが必要だという考えから、アーティストマネジメント事業に加え、子ども・学生向けおよびビジネスパーソンや組織向けのアートプログラムとそのファシリテーション方法を確立し、事業展開をしている。

谷澤邦彦
谷澤邦彦
株式会社ホワイトシップ ファウンダー&アーティスト

文化服装学院卒業。 武蔵野美術大学空間演出デザイン学部非常勤講師、テキスタイルデザインやディスプレイデザイン、舞台美術などの空間演出デザイン等で幅広く活躍。 1994年よりアート活動を開始。通常の作品制作のほか、さまざまなアートプロジェクトを立ち上げ、実施している。

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