介護と保育。今を刷新して未来を想像する。
- 下河原忠道氏
- 株式会社シルバーウッド
代表取締役
介護や保育はずっと続いていくもの。 だから、日常のゆたかさを大切にしたい。
迫田:
先日、下河原さんが運営されている<銀木犀>を見学しましたが、高齢者向け住宅のイメージがひっくり返りました。すごくオシャレで、それでいて隅々まで使いやすさにあふれている。入居されている方々はもちろん、スタッフの皆さんもにこやかでハツラツとしていて「こんな素敵な場所は、どんな思想や哲学が形作っているのだろうか?」と思って、お話を聞きたかったんです。
下河原:
ありがとうございます。
迫田:
<銀木犀>という名前がいいですよね。金木犀ではなく?
下河原:
一番最初に建てた千葉県鎌ヶ谷市の“市の木”が木犀だったんです。そこで金木犀にしようと思ったのですが、銀木犀の白い可憐な花や“初恋”という花言葉を知ったらダンゼンこっちだな、と。当社の社名がシルバーウッド、つまり“銀”と“木”だったので、これはもう・・。
迫田:
キマリですね(笑)。
下河原:
はい。○○ホームとか、○○ライフとか、“いかにも”な名前にはしたくなかった。茶々保育園の「オトナな保育園」というコンセプトやこの「ちゃちゃカフェ」というネーミングにも一筋縄では行かないものを感じます(笑)。親近感を覚えますね。
迫田:
いかにも”だと、中身も“いかにも”になりそうで・・。
下河原:
そうですね。ボクも高齢者向け住宅を“介護する場所、される場所”というそれだけの場所にしたくなかったんです。入居者もスタッフも地域の人たちも一緒に毎日の暮らしを楽しめる場所にしたかった。
迫田:
その思いは、住宅のカタチやデザインからも伝わりました。
下河原:
「銀木犀は建築から理念を感じる」とよく言われます。人生の終末期と捉えると深刻に考えすぎてしまいますが、ボクたちはその、ごく普通の1日1日を大切にしたい。だから、いつも見るもの、ふれるものの心地よさにはこだわっています。その流れでお聞きしたいのですが、迫田さんにとって、保育園は“日常の場所”ですか?“非日常の場所”ですか?
迫田:
テーマパークのようなワクワクする保育園もあるかもしれません。でも、私たちの保育園は明らかに日常、生活そのものです。だから、衣食住を大切にしたり、常に社会と関わるアプローチを考えています。
下河原:
最近、<銀木犀>に認知症と共に生きる、ある大企業の元役員さんが入居されました。以前は超高級施設に入居されていたそうですが、見た目も高級すぎてホテルにしか見えないようで、毎日昼前にチェックアウトしようとしていたそうです。<銀木犀>に来られて、毎日ゆったり過ごされていますが、「ゆたかさって何だろう」と考えさせられました。
迫田:
“日常のゆたかさ”は永遠のテーマですね。私たちも子どもに笑顔になってほしい。でも、茶々の目的は、子どもを楽しませることではなく、未来の大人を育むこと。だから、日常という時間や環境の中で、学びや発見やいろいろな人々との関係性を広げていきたいと考えています。
デザインは見栄えだけでない、 人やコミュニティを動かす力がある。
迫田:
<銀木犀>は、これからますます増やしていくと聞いています。
下河原:
3ヶ月に一棟ずつ建てていく計画です。
迫田:
スチールパネル工法というメソッドで、建築費の初期投資の削減や工期の短縮といった重要な課題が解決できるそうですね。
下河原:
そのぶん、内装や運営に費用をかけるようにしています。
迫田:
<銀木犀>は、これからますます増やしていくと聞いています。
下河原:
はい。これもデザインの力が大きいと思います。「できれば、オシャレな環境で働きたい」という声は保育士さんにも多いでしょう。それは若い人だけでなく、中途で参加される経験者も同じです。
迫田:
デザインを追求すると「中身を疎かにして・・」と避難されることもありますが、それは違いますよね。私は「外見は一番外側の中身だ」と思っています。たとえば、茶々の保育士が身につけるエプロンは、既成品ではなく特別にデザインしたものです。身につけて気持ちよく、機能性も高いのですが、それ以上に「子どもの一番近くにいる大人として、ちゃんとした身支度をしているのだ」ということを意識してほしいんです。
下河原:
デザインの力はそういうふうに波及しますね。<銀木犀>の“心地よさ”も最初は入居者のためにカタチにしたことですが、スタッフにも、ご家族にも、ここを訪れるお客さまにも喜ばれています。高齢者施設の経営者はデザインに疎い人が多いのですが、いかにも介護施設という感じのステレオタイプな施設は、お年寄には苦痛ですよ。ゆったりくつろげない。“地域との交流”が叫ばれていますが、スペースを設けて近所の人に「来てくれ」と言っても誰も来たくないです。
迫田:
確かに“地域との交流”は、保育園も重要視しています。しかし、概念だけでは何も進まない。そこで、私たちは保育園と社会とのコミュニケーションをデザインするために、ちゃちゃカフェを作ったんです。
下河原:
それで保育園の中にカフェがあるんですね。
迫田:
ここは私たちも使用しますが、地域にも開放しています。地元のおばあちゃんの寄合所になったり、放課後に小学生が宿題をしていたりする。自然と交流が生まれて、保育園でイベントを開催すると、いろいろな人が来てくれるようになりました。デザインは見栄えだけでなく、人と人の関係性や動きも生み出すことができるということを再認識しています。
既成概念を打破した先にある、 奇想天外な可能性について。
下河原:
保育業界も介護業界も、施設や人材不足、財政難など、いろいろな問題を抱えています。それなら別々でなく、“高齢者と子ども”の組み合わせで解決できることがあるんじゃないかと思います。一度、茶々の子どもたちが<銀木犀>に遊びに来て、入居者にお茶を入れてくれたことがありましたね。
迫田:
皆さん、喜んでくれました。子どもたちがガンバっている姿を見て、「とても元気になった」と言ってくださって。子どもたちにも高齢者を敬う気持ちが育ったと思います。
下河原:
できればそれを恒久的なカタチにしたいですね。保育園と高齢者施設を隣接して建てている場所もありますが、日常的な交流があるケースは少ない。そこでボクは、同じ住宅に、高齢者や、子どもとその家族、その他、多様な人々が一緒に住めるような場所を作りたいと思っています。
迫田:
それはいいですね。
下河原:
サービスも施設職員が全部やってしまうのではなく、コミュニティの中のいろいろなやりとりで賄えるといい。食事も住んでいる人が交代で作って、みんなで集まって食べたり。
迫田:
子どもの友達が外から遊びに来たり。
下河原:
そこで高齢者が遊びを教えたりする。おじいちゃん、おばあちゃんも「してもらいたい」ではなく「誰かのために何かをしたい」と思っている人が多い。そんな潜在能力や人と人のかけ算で生まれるパワーが発揮される場所を作りたいですね。で、こういうビジョンは往々にして語るだけで終わることが多いんですけど、当社は一歩踏み出そうとしています。
迫田:
え、何をやっているんですか?
下河原:
亀戸に建てる予定の<銀木犀>は敷地がかなり大きいので、別棟で外国人旅行客向けのホステルを作ろうと計画しています。
迫田:
亀戸ですか。浅草に近いし、下町のいい感じの風情も残っているので旅行客にも魅力的な街だと思います。
下河原:
日本のトラディショナルな街並みや暮らしにふれたいという人も多いでしょう。そこで、外国人旅行客向けの宿泊施設や亀戸の街のガイドブックを用意しようと思っています。そして、その1階にカフェをつくる。世界の国々の人とおじいちゃん、おばあちゃんが交流するわけです。
迫田:
なんだか、おもしろそうですね。
下河原:
銭湯も作りますよ。壁にはもちろん、富士山の絵。近所の人たちにもじゃんじゃん来てもらおうと思っています。
迫田:
ハチャメチャですね(笑)。でも、それってニーズの複合体ですよね。ビジネスとしても成立するでしょう。既成概念を打破して、新しい福祉施設のカタチをデザインしていこうとする下河原さんのバイタリティーは素晴らしい
VRで認知症体験? 最新技術で社会課題を解決する試み。
迫田:
下河原さんは、他にも<銀木犀>の内外で、ユニークな活動を起こしています。今日はその中でも、ドラムサークルとVR(ヴァーチャルリアリティ)についてお聞きしたいと思っていました。まず、はじめに・・・、ドラムサークルって何ですか?
下河原:
アメリカで生まれた主に打楽器を使った即興演奏です。既成の曲を演奏するのではなく、みんなが手にした楽器を思い思いに叩くのが基本です。最初はファシリテーターとなる人が簡単な指揮をするのですが、しだいにその場の“ノリ”のようなものが生まれてくる。だんだん音楽っぽくなっていって、それがどんどん進化していって、最後にはファシリテーターが抜けても大きなリズムがうねりまくるのです。
迫田:
楽しそうですね。
下河原:
実にエキサイティングな体験ですよ。
迫田:
それは誰でも参加できますか?
下河原:
老若男女、誰もが一緒にセッションできます。音楽の知識や経験がなくても大丈夫。これは打楽器ならではのメリットですね。
迫田:
やはり<銀木犀>の入居者のためにはじめたのですか?
下河原:
最初はそう思ったのですが、実際にやってみたらスタッフがノリノリで(笑)。スタッフの協調性を高めるのにとても役立っています。一緒に働いていれば、ちょっとした思いの行き違いがあります。それでギスギスしていても、夢中で叩いているうちにどうでもよくなる(笑)。
迫田:
いいですね。ぜひ茶々でもトライしてみたいです。
下河原:
きっと盛り上がると思いますよ。
迫田:
VRのほうは、どのようなことをされていますか?
下河原:
専用のゴーグルを身につけて、仮想現実の世界を疑似体験できるということで話題になっているVR。現在は主にゲームやエンターテインメントの方面で盛り上がっていますが、ボクはこれを実際に体験して、自分のフィールドでも生かせるのではないかと思いました。それではじめたのが認知症の疑似体験です。
迫田:
認知症を疑似体験する?
下河原:
そうです。たとえば電車でどこかに向かっているんだけど、どこに行くのかわからなくなってしまった。適当な駅で降りたはいいが、どこに行っていいかわからず駅のホームに取り残される。途方にくれていると親切な人が声をかけてくれて・・・というストーリーをその世界に入り込んで体験できます。
迫田:
その時の孤独感とか、人の優しさがリアルにわかる、と。
下河原:
はい。風邪をひいたことがあれば風邪の辛さがわかるでしょう。でも、認知症は簡単に経験できるものではない。座学で知ることはできても、リアルに感じられない。VRで体験してはじめてわかることがあって、それが認知症への理解向上につながるのではないかと思っています。
迫田:
それはやはりスタッフの皆さんに経験させようとはじめたことなんですか?
下河原:
もちろんそれもありますが、ボクはこの動きを<銀木犀>を超えて、より広く社会に広げています。ビジネスとして成立させたいという狙いもありますし、社会に参画する人すべてに認知症を理解してもらえれば、社会的心理環境も変わってくると思います。おかげさまで、全国各地の講演会でプレゼンする機会があり、また、さまざまな大手企業や大学生がボクのところに体験しにきてくれています。
迫田:
VR体験は保育業界でも生かせそうですね。
下河原:
そうですね。「子どもにとって世の中はこう見える」という疑似体験ができれば、保育士さんの指導も変わってくると思いますし、一般の人々に広がれば、社会はもっと子どもにやさしくなれると思います。
世の中から注目されている今こそ、 やらなければならないことがある。
下河原:
今、“待機児童”といった言葉とともに、保育業界は注目されていますが現状はどういう状況なんですか?
迫田:
確かにこの10年、“保育”という文字を新聞で見ない日はないほど注目されていますが、まったく満足できません。現状では、やはり保育士が不足しています。そこで、国は“手当”をもとに、かつて保育士だった“潜在保育士”を掘り起こそうとしています。でも一時的な“手当”で引くのはどうかと思う。保育業界への注目度とは裏腹に、保育士の待遇や社会的地位が上がっていない証拠だと思います。
下河原:
介護業界もまったく同じですね。
迫田:
ですから、今のうちに保育士がもっと尊敬されるように世の中の評価を変えたいんです。保育士は、子どもの遊び相手じゃない。クリエイティブで専門性が高くて社会的な意義がある仕事です。なにしろ、20年後に活躍する大人たち、つまり未来の社会を今、創っているのですから。
下河原:
ボクたちも高齢者住宅の評価を変えるために戦っています。その目標のひとつが“高齢者住宅における看取りの数を増やしていくこと”。病院は本来良くなるところで亡くなる場所ではない。その上、病院での看取りには人件費や運営費がものすごくかかります。「生活の場で穏やかに最後を迎えたい」という声も多い。“高齢者住宅での看取りのほうが、病院よりも費用がかからず、満足度もはるかに高い”とデータがあるので、これをもとに国に変化を訴えているところです。
迫田:
下河原さんのように、「現状を変えよう」「社会をよりよくしよう」と活動されている異業種の方と話をすると元気になりますし、インスピレーションを受けて今までにないアイデアも生まれます。
下河原:
業界を超えて、新しい動きを起こせればおもしろいですね。
迫田:
これからも、いろいろなカタチでコラボレーションしていけたらと思います。
下河原:
一緒にがんばりましょう。
迫田:
本日はありがとうございました。
- 下河原忠道
- 株式会社シルバーウッド 代表取締役
1971年、東京都生まれ、1992年より父親の経営する鉄鋼会社に勤務し、薄鋼板による建築工法開発のため、1988年に単身渡米。「スチールフレーミング工法」をロサンゼルスのOrange Coast Collegeで学び、帰国後2000年に株式会社「シルバーウッド」を設立(本社は千葉県浦安市)。
7年の歳月をかけ、薄板軽量形鋼造「スチールパネル工法」を開発し特許取得(国土交通省大臣認定)。店舗・共同住宅等へ採用。
2005年高齢者向け住宅を受注したのを機に、高齢者向け住宅・施設の企画開発を開始。
2011年、千葉県にてサ高住「銀木犀<鎌ヶ谷>」を開設。現在、6棟のサ高住、グループホームを運営。介護予防を中心に看取り援助まで行う終の住処づくりを目指し「生活の場」としてのサ高住を追求する。
一般財団法人サービス付き高齢者向け住宅協会理事