「食」が育む、子どもたちの主体性と創造性、
そして未来
- 高橋未来氏
- 株式会社Hacksii 代表取締役
茶々保育園グループでは、「食」を通して、子どもたちに主体性や創造性が育まれると考えています。今回は、〈ハクシノレシピ〉を展開する株式会社Hacksii代表取締役の高橋未来さんをお迎えして、「食」を通した子どもたちの育ちについて、理事長の迫田健太郎がお話をうかがいました。
「食」と向き合い、子どもの育ちを考える
迫田:
〈ハクシノレシピ〉について知人に聞きまして、サイトを拝見しました。「食」と「アクティブラーニング」を、かけ合わせて展開していらっしゃいますね。茶々保育園グループも「食」を大切にしていますので、とても興味をもち、お話をうかがうことを楽しみにしていました。まず、高橋さんのお仕事の内容を、教えていただけますか?
高橋:
〈ハクシノレシピ〉という、自宅訪問型のレシピのない実験型料理教室をしています。3歳から12歳のお子様を対象にしていて、レシピを使わずに料理をすることで、子どもたちには自分のアイデアを形にしながら、チャレンジ精神や自信を身につけていってほしいと思っています。
迫田:
レシピのないところから、料理を作るのですね?
高橋:
〈ハクシノレシピ〉の由来は、「子どもたちが、オリジナルのレシピを、白紙の紙の上に作り上げていく」という意味と、「博士のレシピ」という意味とを合わせた造語です。
迫田:
茶々保育園グループも、「食」をとても大切にしています。保育・教育は子どもたちの生活を通して行なっていますので、保育をしっかりと考えるには、「食」は大きなポイントとなります。「食」と真正面から向き合うことは、保育ではとても大切なのです。〈ハクシノレシピ〉では、どのように料理をしていくのか興味があります。
高橋:
レッスンは、1回2時間です。まず、冷蔵庫を開けて、食材は何を使いたいのかというところから、子どもに選んでもらいます。メニューを決めて、調理して、最終的に出来上がった料理に作品名をつけて、最後に保護者の方などに向けて発表して、レッスン終了となります。
迫田:
冷蔵庫を開けて、食材を決めるところからなのですね。子どもが決めて、作って、出来上がるというプロセスが大切なのですね。食べることが目的ではない、ということでしょうか?
高橋:
はい。「過程」が〈ハクシノレシピ〉のレッスンで、一番大切にしている部分です。これは「レシピがない」ことによって、可能になっていると思っています。「料理」は目的ではなく手段として考えていて、その先の子どもの成長にポイントを置いています。
迫田:
料理をすることは一緒でも、その先のとらえ方が違うのですね。
「正解なんてない」という価値観を大切にしたい
高橋:
子どもたちは、本当におもしろいアイデアを、たくさんもっています。ある女の子は、冷蔵庫から「ところてん」を出してきて、「スープを作る!」と言いました。ところてんをスープにすると、どうなると思いますか?
迫田:
熱を入れると、少しゆるくなるのではないでしょうか?
高橋:
女の子がところてんのスープを作ろうとした時は、その場にいた大人全員が、「ゆるくなるにしても、麺の形は残るだろう」と思っていました。しかし、出来上がったスープを見ると、ところてんはすっかり溶けてなくなっていたのです。女の子自身も、ラーメンのようになると思ってところてんを入れたのですが、無くなったものですからとても驚いて、その一連の出来事が発見につながりました。
迫田:
成功や失敗ではない、ということですね。
高橋:
はい。「正解なんてない」という価値観を伝えるために、レッスンを行なっています。
大人は、子どもがやってみたいことを支える人
迫田:
レッスンでは正直なところ、美味しくない料理ができてしまうことってありませんか?その場合、子どもの体験としては、落ち込ませてしまうような気がするのですが。
高橋:
一応、食卓に並べる時には、美味しいお料理ができるように、「エプロン先生」が導いてあげます。その際も、「こうしたらいいよ」などと言うのではなく、子どもに味見をしてもらって、美味しくないという事実を体験してもらいます。「美味しくするには、どうしたらよいのだろう?」と一緒に考えて、実験のようにサポートしていきます。
迫田:
大人が前面に出て進めていくのではなく、子どもの主体が守られるように寄り添う立場ですね。導き方や投げかけをする様子をうかがうと、大人の役割は茶々保育園グループの考え方と似ているかもしれません。
子どもは、間違うことを恐れている?
迫田:
ところで高橋さんは、なぜ〈ハクシノレシピ〉を思いついたのでしょうか?
高橋:
私はもともと、幼児教室の講師として働いていました。0歳から小学校4年生までの各クラスの担任をしていて、100名くらいの子どもと向き合っていました。その時に、子どもたちが成長していくにつれて、正解というものに囚われていく様子を目の当たりにしたんです。ある日、小学校1年生のクラスで「今日は、みんなのアイデアを出してほしいから、どんどん手をあげて」と投げかけたのですが、静まり返ってしまって。「なぜ、手をあげて発言しないの?」と聞くと、「間違えたくないから、言いたくない」と全員が口を揃えて言いました。この言葉を聞いて、社会の課題だと思ったのです。正解しなくてはいけない、という大人の価値観を子どもたちに押し付けてしまっているところに、すごく疑問と課題を感じて、「正解なんてない」という価値観を社会に浸透させたいと思ったことが、〈ハクシノレシピ〉を起業することにつながりました。
迫田:
子どもたちの変化は、とてもよくわかります。そのような子どもの様子を見るたびに、私たちにできることは何かを考えてしまいます。
高橋:
コンテンツとして「料理」を選んだのは、まず、料理には本当に正解はないと思っていたからです。算数には1+1=2という明確な答えがありますが、料理は「肉じゃがを作ろう」ということに対して、ご家庭によって全く違う作り方が存在します。しかも、みなさんの作り方は間違いではなくて、全ての人がそれぞれに、「肉じゃがを作る」という自分だけの正解をもっている、ということなのだと思います。料理というコンテンツは「正解のない価値観」を広めていくためには、絶好のコンテンツだと思いました。
子どもたちは、社会にどのように寄与するのか
迫田:
つくりたい社会に向けてミッションを立てて手段を選ぶ、という考え方は、私の経営の考え方と全く一緒ですので、すごくよく理解ができます。〈ハクシノレシピ〉で手段として「食」を選ばれたことは秀逸ですね。ミッションが叶うのであれば、手段として別のものも選べるように思います。子どもたちに、正解はないという価値観を伝えるのであれば、アートやスポーツなどでもよいかもしれません。将来的にすばらしい事業になっていくような気がします。
高橋:
ありがとうございます。
迫田:
茶々保育園グループには「社会の20年後を創る」というミッションがあります。「20年後を今日という日に創っている」という考え方です。「2039年はどうなっているのか」と考えると、「どのような保育をするべきか」を考えられるようになります。「子どもたちが、どのように社会に寄与していくのか」という視点を、今の段階から私たちが考えていくことが大切なのです。これは、無理やり子どもたちに小学生でやることを前倒しで押し付ける、ということではありません。「子どもたちが、すでに市民として存在している」ととらえて、彼らが社会にどのように寄与して、どのように社会との接点をもっていくのか、ということを大切にしていきたいと思っています。
高橋:
今日が、20年後を作っているのですね。
迫田:
保育所には、子どもが大好きな人たちが集まっています。そのような場で「保育をすること」自体が目的になってしまうと、画一的な保育になり、「子どものため」にという旗を立てるばかりになってしまう恐れがあります。「子どものために」という考えはとても大切ですが、さらに意味のある保育にするには「子どもたちが、どのように社会に寄与するのか」という視点が欠かせないのです。 このカフェも「社会と接することができるカフェ」ととらえています。茶々保育園グループは、お茶との縁から園名を名付けたというルーツもあるのですが、「カフェを設置することによって、子どもたちの生活の場と、社会との接点を創る」ということなのです。
子どものクリエイティビティを引き出し、未来を創る
迫田:
「食」や「料理」は、とてもクリエイティビティの高い活動ですよね。創り出していくものですから。〈ハクシノレシピ〉のお話をうかがって、保育でも「子どもたちのクリエイティビティ」を「成功体験」という視点でとらえ直してみてもよいのかもしれないと思いました。もう少し、子どもたちを信じてみると、子どもたちのクリエイティビティがますます引き出され、保育が変わる可能性を秘めているようにも感じます。
高橋:
「料理」にフォーカスしているのは、もう一つ理由がありまして。五感をフルに使えるものは、実は料理しかないのです。
迫田:
確かに、そうですね。
高橋:
粘土遊びなども、もちろんすばらしい活動ではあるのですが、味覚を使うことができません。料理はその点、フルに五感を使うことができます。五感を使うことの効果は、脳科学的にも前頭前野が活性化することが証明されていて、子どもにとって効果のあることなのだとわかっています。
迫田:
子どもたちにとってどのような効果があるのかを、科学的に証明することは難しいですがチャレンジしがいのある大切なことですね。
「食」は、コミュニティの中心になる
高橋:
茶々保育園グループさんは、「食」にどのように力を入れていらっしゃるのでしょうか?
迫田:
工夫のひとつは、子どもたちの食事をビュッフェスタイルにしています。子どもたちが自分たちで食事を取り分けることで、「食」の最終工程に自ら携わっている、という実感をもって食事をしています。また、茶々保育園グループでは、園舎の真ん中にキッチンがあり、子どもたちと厨房で働いている人とのコミュニケーションデザインが設計されています。
高橋:
子どもと厨房で働いている人との、コミュニケーションですか。
迫田:
「調理師も保育者」なのです。キッチンにいながら、または、「食」を通して、調理師も保育者として子どもたちと関わっているという考え方です。保育所では、調理業務だけを外部委託するケースも多いのですが、茶々保育園グループでは外部委託はしていません。外部に委託するということは、「食」だけ保育・教育ではないと言っているようなものですから。一番大切なはずの「食」こそ、しっかりと考えるべきなのだと思っています。また、茶々保育園グループでは、給食とは呼びません。
高橋:
それは何か理由があるのでしょうか。
迫田:
「ランチタイム」や「お食事」と呼んでいます。「子どもが主体の保育」を大切にしようとすると、給という文字は子どもの主体を奪っているように思えるのです。給食の給の字は、配給する支給するという、大人が主体になった言葉ですから。本当に細かなことですが、こうしたことが積み重なったところに、結果的に「食」を大切にして、子どもたちと共に豊かな生活を営むことができ、子どもたちの未来を創ることになるのではないかと思っています。
高橋:
私は、教育は「共に育つ」という概念なのだと思っています。子ども、保護者、エプロン先生、運営の関係者、〈ハクシノレシピ〉に関わるすべての人が、共に育っていき常にアップデートされる組織でありたいと考えています。子どもたちに「正解なんてない、間違ってもいいのだ」という価値観をもってもらうためには、保護者や大人たちの価値観も変わっていくことが大切なのだと思います。これからも、「正解なんてない」という価値観を、さまざまな形で社会に伝え続けていきたいと思っています。
迫田:
子どもも大人も、共に育っていくことは、本当に大切なことですね。日本の家庭ではキッチンが中心にあるなど、「食」がコミュニケーションの中心になっていますね。家庭にも保育・教育の場にも、改めて「食」の大切さを感じます。今日は、とてもたくさんの気づきがありました。ありがとうございました。
- 高橋 未来
明治学院大学卒業後、IT企業に新卒入社。その後幼児教室講師、介護事業会社の人事職を経て起業。幼児教室で講師として勤務をする中で「間違えたくない」と正解に囚われる子ども達の様子を目の当たりする。子ども達がもっと自由な発想ができるような社会を創るため、2018年10月に株式会社Hacksii創業、翌月ハクシノレシピのサービス開始。正解なんてない、という価値観を社会への浸透させることをミッションとしている。